結婚式と披露宴が、昼の2時前に全て終わってから、
お酒を一滴も飲まなかった主人が運転して、
その日のうちに帰路につくことになりました。
田舎(出雲)から来ていた主人の父を乗せて、
近江の国から駿河の国に戻る前に、
(ETCの深夜割引の時間調整も兼ねて)
もう一ヶ所立ち寄りました。
大津から瀬田川沿いに走ると、
『瀬田の唐橋』を過ぎて間もなく右手にあるのが、
西国第十三番札所 真言宗大本山 石山寺 です。

ご本尊は、如意輪観世音菩薩で、
33年毎に開扉される秘仏だそうで、直接の拝観はできません。
十三番札所として、この日も、お参りの方々が沢山いました。
境内のいたるところに硅灰石(けいかいせき)が露出して、
舞台造りの本堂ももこの岩の上に建てられています。

花の寺としても有名なようで、
訪れた九月の終わり頃は、萩が綺麗でした。
これから秋が深まれば、きっと紅葉も素晴らしいに違いありません。
国宝の本堂と共に、ひときわ目をひいたのが、
硅灰石の上の方に見える多宝塔

源頼朝の寄進で建久5年(1194年)に建立された最古の多宝塔だそうです。

昔の4円切手の図案だそうですが・・・。
また、ここは近江八景のひとつ『石山の秋月』で知られ、
天皇の玉座とされる月見亭が瀬田川の清流を見下ろす高台に設けられ、
そのとなりに、あの松尾芭蕉も仮住まいして、句を残されているとか。
石山の 石にたばしる あられかな
あけぼのは まだむらさきに ほととぎす
芭蕉
そして、ここには、紫式部が源氏物語の構想を練ったといわれる
『源氏の間』があります。

めぐり逢いて 見しやそれともわかぬまに 雲隠れにし夜半の月かな
紫式部

光堂は、建て替えられたのか、木の香りがするほど新しかったです。
一番上まで歩いて登ると、
四季折々の花が楽しめるというのが良くわかりました。
石山寺を後にし、瀬田から高速にのって、
途中休憩しながら帰宅したのが夜中の12時を回った頃。
近江の国への旅、
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。
お酒を一滴も飲まなかった主人が運転して、
その日のうちに帰路につくことになりました。
田舎(出雲)から来ていた主人の父を乗せて、
近江の国から駿河の国に戻る前に、
(ETCの深夜割引の時間調整も兼ねて)
もう一ヶ所立ち寄りました。
大津から瀬田川沿いに走ると、
『瀬田の唐橋』を過ぎて間もなく右手にあるのが、
西国第十三番札所 真言宗大本山 石山寺 です。

ご本尊は、如意輪観世音菩薩で、
33年毎に開扉される秘仏だそうで、直接の拝観はできません。
十三番札所として、この日も、お参りの方々が沢山いました。
境内のいたるところに硅灰石(けいかいせき)が露出して、
舞台造りの本堂ももこの岩の上に建てられています。

花の寺としても有名なようで、
訪れた九月の終わり頃は、萩が綺麗でした。
これから秋が深まれば、きっと紅葉も素晴らしいに違いありません。
国宝の本堂と共に、ひときわ目をひいたのが、
硅灰石の上の方に見える多宝塔

源頼朝の寄進で建久5年(1194年)に建立された最古の多宝塔だそうです。

昔の4円切手の図案だそうですが・・・。
また、ここは近江八景のひとつ『石山の秋月』で知られ、
天皇の玉座とされる月見亭が瀬田川の清流を見下ろす高台に設けられ、
そのとなりに、あの松尾芭蕉も仮住まいして、句を残されているとか。
石山の 石にたばしる あられかな
あけぼのは まだむらさきに ほととぎす
芭蕉
そして、ここには、紫式部が源氏物語の構想を練ったといわれる
『源氏の間』があります。

めぐり逢いて 見しやそれともわかぬまに 雲隠れにし夜半の月かな
紫式部

光堂は、建て替えられたのか、木の香りがするほど新しかったです。
一番上まで歩いて登ると、
四季折々の花が楽しめるというのが良くわかりました。
石山寺を後にし、瀬田から高速にのって、
途中休憩しながら帰宅したのが夜中の12時を回った頃。
近江の国への旅、
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。






を飲みながら明るくなるのを待ちました。




の朝です。
















